某精神科のクリニックで、空手を教えている。
その中に、今年に入ってから加わった、Aさん(仮で、イニシャルですらありません)というメンバーがいる。
Aさんは、最初は力を入れることもできず、パンチも本当にぶらっと手を前に出すだけだった。
足も。
もどかしそうに、すぐに息を切らせながら苦しそうに何度も打つのだが。
最初は、よくある、体力の無い人かと思った。
たくさんいるのだ。
Aさんも、深刻な依存症からの治療のため入ってきていて、やせていて、皆にからかわれていた。
ただ、やる気はあるので、僕は「がんばってね」と思っていた。
二ヶ月ほどたって、躁転したのか、パンチに力が入るようになってきた。
ただ、ラッシュしかすることを知らず、ただ闇雲に。
フルコンタクト空手なので、顔面への手による攻撃は無いのだが、ボクシングのようにあてようとしてくる。
おそらくコントロールができないのだ(もしくはとてもしにくい)
がんばっていて、コンビネーションなども本当につたないながらチャレンジしているので(むずかしいものも)審査を受けさせて、がんばりを評価して級をあげた。
1ヶ月ほど前、なかなか顔面にパンチや、金的へ蹴りをしてしまうのがなおらないので「A!」と怒鳴って注意した。
ライトスパーリングで、もろに顔面に当てたからだ。
空手の約束稽古で、顔へ来ない練習の時に、いきなり顔で、しかも当ててくれば、相手はびっくりで、下手をするとケガをしてしまう。
さすがにきびしくしたほうがいいと思った。
彼はものすごく恐縮して、僕に、すみません、すみません、と言った。
相手に謝りなさい、と僕は言った。
皆も苦笑だった。
笑うのはやめさせた。
コンビネーションをおぼえようとする時も、(以前はもっと、皆)笑っていた。
そういうことだけは、生徒が年上だろうが、なんだろうが、僕はかなりきびしく注意した。
その時にも周りにも言った。
「Aさん、Aさんはもう白帯(無級)じゃないのだから、白帯の人には、教えてあげながら、やさしく相手をしてあげなければいけないのだよ。そのために、それができると思って、級をあげたんだ」
Aさんは、前々回くらいから、初心者相手には、すごく教えてあげようとしていた。
間違っていたけど。
相手も通じてるかわからないけど。
まわりは半笑いのかんじで見ていた。
僕はいいと思っていた。
彼がいることで、場もなごむ。
なにより、がんばっていることは皆にも伝わるので、そういう人がいてもまったくいいと。
(スタッフは、色々禁止させたりさせようとしてたが、僕は止めた)
今日、空手は2回目くらいの人とライトスパーの時に、腹を効かせて後ろに転がり倒してしまった。
あいにく、皆でいっせいにやっていて、僕も目をつけていられなかった。
僕は言った。
「帯(リストバンド)を一時預かります。保留にします」
Aさんはとても悲しそうな顔をした。
すみませんすみません、と言った。
「僕に言うのですか?」
やっと相手に謝った。
「Aさんには、本当に強くなってほしい」
もう怒鳴るのはやめて、落ち着いて言った。
「反則をしてしまったり、加減をできないということは、強いということではなく、下手なのです。上手くなってほしい。上手くなるということは、相手を傷つけすぎないことだし、自分も傷つけられすぎないということです。
ゆっくりでいいので、相手をいたわり、自分を守れるようになってほしい。
僕が、オレンジ帯(バンド)らしくなったかな、と判断したら、返します。
それまで、預かります」
Aさんは、土曜日のボクシングのクラスでも、講師にレッドカードを出されてしまっていたそうだ。
「僕も、以前、試合で何度も顔面の反則をやりました。実は、相手の歯を折ったこともあります。当然、負けです。試合では勝っていても、負けなのです。当たり前です。ルールというのは、相手と自分への思いやりなのです。
上手くなってください」
今日は、ガチのスパーリングで、同じくらいの年齢の人と、対戦させた。
最後にローを効かされていて、判定では負けだったが、手数は上で、がんばっていた。
帰る時に、「帯は(もう、今)返してもらえるんですか」
と言ってきた。
彼は、依存症の後遺症か、今の薬の副作用で、正直おぼえていられないのだ。
「なんで帯が保留になったか、おぼえていますか?」
「いえ、おぼえていられないのです」
「どうして、保留になったと思いますか?」
「…反則をしたからです」
「反則が少なくなって、オレンジ帯らしくなったと僕が判断したら、お返しします。でも今日の試合はとてもよかったですよ。こりずに、強くなりましょう、また来週来てくださいね」
彼は、面倒な生徒だろうか?
目を離せず、空気もよめず自分の動きもコントロールできず、言ったことはすぐに忘れてしまう。
僕は、彼が、他の生徒たちにとって「やさしさ」を教えるためにとても大事だと思っています。
彼とスパーリングする時、彼のミットを持つ時、彼と型を練習する時、自分が気をつけてあげないと、彼は反則もしかねません。
声をかけたり、力をぬいてコントロールすると、Aさんも反応できるようになります。
彼はがんばっているだけでなく、不器用なことで、まわりは「彼とスパーリングする時に自分が見につけておきたいこと」「このように声をかけたり、接してあげれば、冷静になりやすく、反則もしないこと」
をおぼえていくのです。
それも、強さ、なのです。
彼も、強く(やさしく)なってほしい。
皆も、やさしく(強く)なってほしい。
いつか、彼も卒業するでしょう。
その時に、思っていてほしいと思います。
必要のない人間はいないということを。
誰だって、そうだと思います。
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