2009年1月30日金曜日

ひきこもりコースのあるボクシングジムへ行ってきました

1時に寝て、7時前に起きる。

9時前発の新幹線に乗って、大阪へ。

ラッキースターボクシングクラブの取材に行ってきました。
ここは、僕がレンタル空手家のヒントにした「出張ボクシング」というのを以前少しやっていたジムです。
他にも「ひきこもりモニター」(ブログを書くかわりに無料)、「短期集中練習」(合宿で5泊や、通いで一ヶ月)、以前は専用の時間帯を設けて、「リハビリ教室」もありました。

ひきこもりなどの人が「これならできそうかな」「チャンスにできるかな」と思えるような間口の広さで、いろいろ対応しています。

ここは、正直今まで取材してきたどんな支援(格闘技含む)よりも、僕と立ち位置が似ているように感じた。
規模も年月も違って、おこがましいけれど。

それは、「かかわりすぎない」姿勢。

正直、やる気のあるやつだけが、門戸を叩いてくる。(ひきこもりの中でも)
ボクシングや空手なんて、無理やりやらせようと思ったって続かない。
ただ、やるというなら、サポートはするよ、できる範囲で。

そして、これが一番重要だと思うのだが
「所詮、最後は一人」

しょせん、「支援」なんて言ったって、土壇場の所では、手を貸すことはできない。
リングの上のように。
しょせん一人なのだ。

だが、セコンドはする。

たぶんここらへんのバランス感覚が、しっくりと僕には来た。

なんとなく、ジム内の雰囲気も、試合を目指す人は少ない、というとおり、殺気立っているものではないが、人数もとても多く、それぞれが楽しそうに、だけどだらける、とかいうのではなく、練習中は馴れ合うこともなく、独特の、個人を尊重するけど冷たくないような空気がただよっていた。

ここは、入りやすいと思う。

代表の佐藤さんも、チーフトレの松尾さんも、「ひきこもりなどの練習生に、こちらから『お前最近どうしたー』とかは聞かない。話してくれば精一杯対応するけど」と言っていた。

これは、佐藤さんが「アスペルガー症候群だった」ことも関わっているのかもしれない。
当事者だったこともあり、触れられたくない、尊重してほしい距離感、のようなものがたぶん、なんとなく感覚としてわかっているのだと思う。

望んでヒキったわけじゃない。
気やすく「弱いもの」のように声かけられてたまるか。

格闘技っていうのは、そういうものだ。
言葉じゃない、拳で自分や他人とコミュニケーションをとっていく。
その中に、言葉ではない温かみも痛みもある。

なんとなく、レンタル空手家の原点を思い出すことができた気がした。


2時半過ぎに着いて、僕も実際に体験練習をしてみることにしました。









体操、縄跳び(ジムの外で)2R、休憩、基本指導3R、休憩、ミット2R、休憩、サンドバッグ3R(僕の場合5Rやりましたが)、休憩、シャドウ1R、体操
という流れでした。

休憩がたくさん入ってるのがミソかな。

あと、「この構えは違うよ」「そう打つのはダメ」というのを一切聞きませんでした。
ほめて「こうすればもっとよくなる、ほら」みたいなのばかりでした。
それは、他の練習生たちにもほとんどそうで、ただでさえヒッキーで萎縮してて、ボクシングとか怖くて、初めてで、と緊張しまくってる中「続けてもいいのかな」と思わせるような構えでしたね。



















実は、僕と同じ時間帯で、腕にガーッとリストカット(アムカ)の跡のある(僕にはかないませんが^^)ローテイーンの女の子が一緒に練習していたのですが(はじめたばかりっぽい)、少しだけ話しかけてきてくれたのがうれしかったです。内容は秘密ですが(笑)

やっぱりかわいいですよね。
そう思います。

「苦しみは長く続かないのさ、だんだんわかってくるよ、ボクシング続けるといいことがあるよ」
ともちろん言いませんでしたが、そう思いました。


その後、佐藤さんに2時間ほどインタビュー。

ラスト、ひきこもりモニターの方がちょうど練習上がってきたので、紹介していただいて、少しだけお話させていただきました。

9時過ぎの最終新幹線で、帰る。


で今。

わかるんだよな。

あのさ、陳腐な言い方だけどさ、ヒキとか、心に弱さを抱えてると自分でわかってるやつはさ、生き方が真摯なんだよ。
もう、向き合わざるを得ない。
一歩一歩が遅かったり幅が狭かったりするから、その一歩の価値を知ってる。

小さなことで喜べる。
(他の人から見れば)小さなことの価値がわかる。

だから俺は親近感を感じるんだ。

しょせん、くだらねえ小さな人生じゃねえか。

だけど、ゆずれない、どうしても譲れない小さなものがある。

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追記:「パパとママからのラブレター」PV(オフコース「言葉にできない」)らしきものができたようです(「生まれくる子供たちのために」バージョン)

4 件のコメント:

  1. ミット打ちしてる遠藤さんかっけえwwwwww
    これからも色々な取材、空手頑張ってください

    いや、僕みたいな人間が頑張ってとか言うのって少し違いますよね

    適当にやっていきましょうwwwwwwwwwww

    俺も仕事適当にやるんでwwwwwwwww

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  2. 障害者の方との接し方もそうなんですが過度の世話はその人の意欲だけでなく対象者を軽視してることの表れだったりします。
    人様の全てを永遠に守るなんてどだい無理な話なわけですが、だからこそ可能な限り適切な距離感で一歩を踏み出した人には背中を気づかないくらいの力で押してあげるのがいいとおもいますよ。

    ・・・つか、大阪!?地元すぎてワラタwww

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  3. 俺も運動はじめよう

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  4. ■理学さん
    ありがとうwww
    ニートっぽく適当にがんばっていきましょうwwww
    またラーメン行こうぜwwww

    ■匿名さん
    「自発性」というか、自分からやろうとするものが一番大事ですよね。
    背中を気づかないくらいの力、って僕はガサツなんで難しいですがwなんとなくわかります。

    どんなことも、本人の力なんだと思いますよ。
    まわりの人にできることは、せいぜい、その肥料みたいなものですよね。

    ■匿名さん
    お!

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